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超弦理論・重力・量子基礎論

重力の量子化の困難

現在、加速器実験で観測されるような物理現象は、標準模型により非常によく記述されています。この模型では、物質を構成する基本的粒子としてクォークとレプトンを考え、それらの間に働く3つの基本的な相互作用(電磁相互作用、弱い相互作用、強い相互作用)を量子論的に取り扱うことができます。

もう一つの基本的な相互作用として重力がよく知られています。重力は古典論的には時空の曲率として表わされ、いわゆるアインシュタインの一般相対論によって記述されます。ところが、重力を他の3つの力と同様に量子論的に取り扱うには、大きな困難があることが知られていました。これは一般相対論と量子論という理論物理学の2つの大きな柱が、互いに無矛盾に融合できていないを意味しています。重力の量子化は、素粒子理論の最重要課題の一つと言うことができます。

プランクスケールを支配する基礎理論の必要性

幸か不幸か、通常の加速器実験で観測されるような物理現象においては、素粒子間に働く重力は極めて小さく、無視しても全く問題ありません。しかし仮想的には、いわゆるプランクスケール(1019 GeV)くらいまで素粒子を加速して衝突させれば、重力を無視できなくなると考えられます。またブラックホールの蒸発や宇宙初期を理解するには、量子重力が不可欠になります。

このように重力の量子化の困難は、非常に高いエネルギースケール、あるいは非常に微視的なスケールの物理を記述する基礎理論を、我々がまだ知らないことを意味しています。又、標準模型には実験的に決めなければならないパラメータが17個も含まれており、これらの値が背後に潜む、より微視的な理論によって決まっていると考えるのは、これまでの科学の歴史を振り返ってみても、自然なことと思われます。実は、重力を無視した標準模型には階層性問題など不自然なことが多々あり、それらに対する答えも、プランク長以下を支配する基礎理論により明らかになる可能性があります。

「究極の理論」としての超弦理論

量子重力に対する一つの自然なアプローチが超弦理論です。この方法では、点と考えていた素粒子を一次元的な拡がりを持った弦として取り扱います。弦は点と異なり、様々な振動モードを持ちますので、一つの弦が様々な粒子を表すことができます。驚くべきことにそのようにして現れる粒子の中には、重力を媒介するグラビトンも自然に現れることが知られています。しかも、拡がりを持った弦を基本要素として扱うお陰で、点粒子を扱う通常の枠組みにおいて重力を量子化する際に現れる困難を回避することができます。

超弦理論の魅力は、重力を量子論的に正しく取り扱えるというだけではありません。それは無次元のパラメータを一つも含まないにも拘らず、原理的には標準模型のパラメータの他、ゲージ群、世代数、時空の次元といったことまでも説明できる可能性があります。この為、超弦理論はしばしば「究極の理論」と呼ばれ、80年代から精力的に研究されてきました。その目標に到達するまでどのくらいの道のりがあるかは今のところわかりませんが、以下に述べるように近年様々なアイディアが出されており、正に黎明期の様相を呈していると言えます。

Dブレインと双対性

超弦理論における最大の問題は、摂動論的に安定な真空が無数に存在することです。従って、我々の世界を記述していると期待される真の真空の性質を理解するには、非摂動論的なアプローチが必要不可欠になります。90年代半ば頃からその方向の研究が進み、弦の非摂動的な効果が少しずつ理解されてきました。その契機となったのが、Dブレーンとよばれる弦理論のソリトン解の発見と、それを利用した種々の弦理論の間の同一性(「双対性」と呼ばれています)の発見です。これらの発見を通して、弦理論に対する見方も大きく変わりました。従来、10次元の超弦理論に対する定式化として、I型、II型、へテロ型といった異なる種類のものが知られていましたが、これらが実は一つの理論の別の側面を見ているにすぎないことが、Dブレーンを用いた考察などから明らかになってきました。

また、いろいろなDブレーンの配位を考えることにより、低エネルギーで標準模型の粒子が現れる可能性も明らかになり、超弦理論に基づいて標準模型のゲージ群や世代構造などを理解する試みも大きく進展してきました。こうした方向性においては、単にDブレーンだけでなく、Dブレーンから見て非摂動的なブレーン配位も同時に考える「F理論」と呼ばれるテーマも盛んに研究されています。

行列模型による超弦理論の非摂動的研究

このような流れの中で、1996年には行列を用いた超弦理論の非摂動的な定式化が考案されるに至りました。この行列模型は、ゲージ理論における格子ゲージ理論に対応するものと言えます。ですから、ちょうどクォーク閉じ込めが格子ゲージ理論により初めて理解されたように、超弦理論の非摂動的性質が行列模型によって明らかにできると期待されます。この行列模型は、当時KEK理論グループにいた川合氏、石橋氏、土屋氏と現在KEK理論グループにいる北澤氏が考案したものであり、この人たちの頭文字をとって「IKKT模型」と呼ばれています。この模型の最も興味深い点は、模型に現れる行列の固有値分布が、時空を力学的な対象として表していることです。そのような物理量を調べることにより、10次元の時空で定式化された超弦理論から、我々の住む4次元の時空が力学的に生成する可能性が明らかにされつつあります。

ブラックホール

KEK理論グループでは、これらのような重力を含む統一理論を構築する研究の他に、重力自体に付随する様々な未解決問題の研究も行われています。重力を古典論的に記述する一般相対論は大きな成功を収め、高い精度で検証されてきましたが、重力の影響が極めて大きくなるブラックホールや初期宇宙においては、まだ理解されていないことが数多く残されています。

ブラックホール

近年の天文学では、ブラックホールは宇宙の理解に欠かせない存在となっており、実際その候補がいくつも見つかっています(右の写真参照)。宇宙ではブラックホールが月並みな存在であるのにもかかわらず、我々はブラックホールを良く理解しているとは到底言えません。

第一にブラックホールが存在すると、特異点の発生が避けられません(ホーキング=ペンローズの特異点定理)。特異点は一般相対論が破綻することを意味するため、特異点近傍で時空がどうなっているのかわかりません。第二にブラックホールの時間発展は、量子効果も含めるとユニタリーではないという問題が知られています(インフォメーション・パラドックス)。これは、ブラックホールがあると量子力学が破れてしまうことを意味します。現在量子力学はあらゆる理論の基礎となっており、実験的にも理論的にも破れる兆候はないので、このパラドックスは大変深刻な問題になっています。また、上の特異点問題の解決が、インフォメーション・パラドックスを解く鍵になっている、との見方もあります。

初期宇宙

初期宇宙

近年のWMAPの結果(下の写真参照)やType Ia型超新星の観測により、宇宙はインフレーションと呼ばれる急激な加速膨張により始まり、現在も穏やかな加速膨張をしていることが確実視されています。しかし、観測宇宙論におけるこのような進展にも関わらず、一般相対論の枠組みでは、何がどのようにして加速膨張をもたらしているかが明らかではありません。実際このため、インフレーション・モデルは無数に考案されています。しかも、多くのインフレーション・モデルではパラメータの取り方が不自然であり、何故そのようにパラメータが選ばれるのかを説明できません。また、上に述べた特異点定理により、インフレーション宇宙も特異点で始まらなければいけません。

超弦理論によるブラックホールの量子論的記述

これらの問題はいずれも、古典論である一般相対論を使っていることが原因です。従ってこれらの問題に答えるには、重力を量子化する必要があると考えられています。超弦理論は、重力を正しく量子論的に記述する理論として知られており、上に挙げられた問題を解決できるものと期待されています。例えば、1997年にマルダセナが提唱したゲージ/重力対応によると、ブラックホールのように曲がった時空上の超弦理論を、低次元の平坦な時空上の超対称ゲージ理論によって定式化できることになります。この予想が正しければ、特異点のあるブラックホールの内部も含めて、量子論的な整合性を持った理論(ゲージ理論)で記述できることになり、インフォメーション・パラドックスを解決できると考えられます。ゲージ/重力対応は今のところ予想にすぎませんが、これまでの多くの研究により、様々な状況証拠が得られています。また近年、超対称ゲージ理論の数値的研究が進展し、重力の量子効果を含めてこの予想が正しいことを示唆する結果も得られています。超弦理論が重力に関する一連の問題を解決する日も遠くはないと期待されます。

量子重力に対する場の理論的アプローチ

一方、重力を他の3つ相互作用と同様に、通常の場の理論の手続きに従って量子化するというアプローチも追究されています。ここでは、一般相対論に現れる計量場(時空の曲がり具合いを表す場)を、電磁気力におけるベクトル・ポテンシャルのように取り扱います。ところが他の3つの相互作用の場合と異なり、アインシュタイン重力の場合、摂動計算の過程で生ずる発散を系統的に処理することができません。これが重力の量子化が難しいと言われる所以です。これに対して、通常のゲージ理論に対する格子ゲージ理論のように、摂動論に基づかない定式化を考えることにより、重力を正しく量子化できる可能性があります。実際KEKではこれまでに「ランダム単体分割法」を用いてこの問題が調べられ、多くの成果が上げられています。

又、宇宙初期のように重力場が強い状況では、重力場の量子論的揺らぎも大きくなる為、距離の概念が失われてスケール不変な時空が実現される、という考えもあります。そのような時空を記述する理論として、スケール不変な作用を基礎とする「コンフォーマル量子重力」と呼ばれる理論が提案されています。このアプローチでは、計量場の成分の内、スケールを表すモード(「共形モード」と呼ばれています)を分離して、共形場理論として非摂動的に量子化します。その他のモードは摂動的に扱いますが、上のように共形モードだけは非摂動的に扱うことにより、発散のない量子重力理論の構築を目指しています。実際この理論は、上に述べた「ランダム単体分割法」に基づく数値計算の結果を良く再現しており、整合性を持った量子重力理論として期待されています。

このような「コンフォーマル量子重力」を用いて、初期宇宙を記述する研究も進められています。スケール不変な量子的時空からインフレーション期を経て、現在観測されているような古典的なフリードマン時空に至るまでのシナリオが作られ、宇宙背景放射(CMB)の観測結果を説明できることが示されました。

量子基礎論

上の「ブラックホール」の項でも触れたように、ブラックホールが生成したり消滅したりすることにより、ユニタリー性や因果律の破れが引き起こされる可能性が指摘されています。このような問題について、量子力学そのものの中に解決の糸口を見出そうという考え方もあります。

例えば、量子力学における特異点を数学的に定式化し、それが引き起こす物理現象を明らかにする研究はその一端です。さらに進んで、量子力学の数理的構造に必然性はあるのか、また量子力学の適用限界を調べるには、どのような現象に着目すればよいのか、といった根本的な問題を追究する研究も行われています。こうした研究は、物理学の基盤を問い直し、新たな基礎理論を探求する上でも重要だと考えられています。また、アインシュタイン・ボーア論争以来の量子力学における概念的な問題として、波動関数の解釈と物理量の実在性、量子測定における確率の意味、量子力学的記述のマクロ限界の有無、情報通信から見た因果律と量子力学との関係などが挙げられます。

これらの問題は、長らく思考実験によって議論されてきたものですが、近年の実験技術の飛躍的向上によって、21世紀の実証科学として目覚しい発展を遂げつつあります。こうした概念的な問題を考察し、量子力学の自然像をより深く理解することは、基礎物理学の発展だけでなく、量子情報科学に関連した新しい科学技術の開拓においても、鍵となっていると言えます。KEK理論グループでは、このような量子論の基礎的諸問題の研究も行っています。


最終更新日:2014/12/24